空間軸を中心として、写真やデザインなどから多面的にその輪郭を形成するアート活動です。

環境すべてが関係している

NOTE

 

久々に田舎の実家に帰りました。

 

なんにもないのに、久々に帰るとなかなか新鮮味がありますね。

なんにもないと頭が透き通るようでいいです。

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しばしば、「あんたは東京に出るべきだよ」と助言をいただきますので環境との関係と、その影響について考えていました。

 

環境の影響といえば、最近読んだ安野光隆さんは『会いたかった画家』にて、

「ベルンでパウル・クレーの作品展を見たときなどは、決定的に打ちのめされ、立ち上がれないほどだった。」

と仰っていました。

 

 

安野さんのこの文を読んだとき、感度良すぎ…!と 少々笑いましたが、案外これは笑ってられません。

 

環境が人に対して大いに影響を与えることは身を以て知っています。

 

大学在学中は若い同世代に囲まれていたからか知らず知らず流行を追いかけ、SNSや雑誌にかじりつき、そのうち流行を追い越して一時は流行を先回りしたところに自分がいたようにすら感じていました。

 

また福岡の片隅に引っ越して会社員となった今では、以前よりも雑誌を購入する回数は減り、流行りものにはだんだんと興味がなくなってきました。

 

そして環境の中でもインテリアなんて、人間の肉体に一番近い環境ですから。

 

部屋に住人は近づいていくし、部屋も住人に近づいていきます。

 

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ただでさえネット環境で情報は溢れかえるのに、もし僕が都会に移り住んでいたら、それこそ溢れかえる周囲のひとものことと同調してしまいそうです。

 

情報で塗り固められ平均化された、ただの流行りの人になりかねません。

 

細いか太いか、薄いか濃いか、間接的か直接的か、何れにしても全ては関係しています。

全ては影響しています。

関係性に支配されています。

 

だからこそしんとした静かな部分は、透明感を保って失くさないようにしていたいです。

埋もれすぎると見えなくなってしまう。

 

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静かでなんにもない田舎だからこそそんなことを思い出させてくれました。

だからと言って田舎に帰ろう、周囲との関係を拒絶しよう、ということではありません。

 

どんな環境、つまりどんなひとものことと、どれくらい関係していたいか。

自分にとってより最適な環境を選択し、探し続けなければならない、ということではないでしょうか。

 

 

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