空間軸を中心として、写真やデザインなどから多面的にその輪郭を形成するアート活動です。

SAKAIME長文感想をいただいたので再考察

NOTE

購入していただいた方、本当にありがとうございます。

 


 

出版に至ったものの、正直自分でもこの本の全体像をうまく言語化できていません。言語化としてあとがきも記載しましたが、まだ解釈の一側面でしかないような気がしています。

でも言語化できていないからといって今回の編集は大きく的を外しているとは思っていません。言語化が苦手であるからこそ、写真という手法で表現しようとしているのです。

感想の連絡やシェア、さらにお手紙までいただいて、とても嬉しい。さらに感想が自分がうまく言葉にできていなかった部分だと、むしろこちらがハッとさせられます。これも写真集を出してみるメリットの一つですね。

 

そんななかでも_____v_u_____さんが書いてくださった長文の感想が言語化のヒントがたくさんありそうなのでこのブログに引用させていただきます。厚かましいですが長文の途中途中に僕のコメントを挿入させていただきます。

 

sunaoさん(@_____v_u_____)がシェアした投稿

惟本康明さん@md2v の写真集「SAKAIME」@sakaime.jp が届いた。

写真集を中心に置いた写真ではなくてごめんなさい。
右の方に置いてあるグレーの長方形の物がその写真集です。
こうして部屋にポツンと置いても馴染み、かつ凛と主張するデザインの表紙である事を見せたかったので。

 

ありがとうございます。タイトルのSAKAIMEは二面性や多面性のさかいめのような気持ちでつけたので”馴染み、かつ凛と主張する”と、表紙からもそれを感じ取っていただいたようで嬉しいです。

 

惟本さんはインスタでフォローさせてもらっていて、以前からその部屋の空間づくりに感心させられながらも、共感できる部分が多く、ハッとさせられる事もあるが、生意気言うと「うんうん分かる。よく言葉にしてくれた」と思う事が多いんです(生意気~)

 

僕こそ生意気ですみません!

 

写真集は風景をマクロからミクロへ順に切り取っていく様な構成になっている。

真っ暗いトンネルを抜けると、広い世界に繋がって、そこから段々と日常に寄り添った風景へ、惟本さんの部屋へ入っていき、真っ白な明るい光によって自分の部屋に戻ってくるという様な動線だ。

 

黒から白にかけて、そんなイメージであることは間違いないのですがその過程をうまく言語化できてないのです。

 

日常に寄り添った風景、と言っても人物など生き物は写っておらず、日常の形跡だけを追っている様な、静かな世界を一人で歩いている様な感覚もある。

 

静かな世界を一人で歩いているって表現すごくいいなあ。SAKAIMEに掲載した、とくに前半の写真はもはや一般的な写真とは共に戦うレイヤーにはいないような、美しくてあたりまえという俯瞰した気持ちで載せました。

 

逆から見ていくと、部屋から出て広い世界へ歩いていく様な感覚にもなる。
だからと言ってこの写真集はそういう旅の気分を味わう物ではなくて、伝わってくるのは外の空間と惟本さんの部屋は繋がっているという事。

 

言いたいのはそのあたりな気がします。

 

写真集にある、日常に点在する意図のない純粋な芸術達。
木々の形、光や霧のフィルター、朽ちた壁の模様、建築の直線、色あせたプラスチック。それぞれの形、色味、素材による質感。

それらが自然、偶然であったり、または利便性を持たせる為に何気なく配置されていたり、どちらにしろ「良い絵」を作ろうと意図されてセッティングされた訳ではないのに、自然物、人工物が絶妙に統一感を持っている風景を観た時の視覚的満足感。

また、そこに偶然置かれた鮮やかな色の人工物がアートの様に見えた時の高揚感。

 

「良い絵」なんて実はそこら中にあふれてて、まずは受け止めてみることですよね。

 

話を遡り、惟本さんの部屋が外の空間と繋がっていると言ったのは、惟本さんがそういった外に点在するたまたま出来上がった芸術を見た時の感覚を、ご自身の部屋という空間を使って描いていると思ったからなんですね。

実際にそれらの風景に存在した物を持ち込んで物理的に再現しているという訳では無くて、見た時に覚えた感覚の部分だけを、部屋という空間の中で再構築している。

 

まず受け止めてからどれを選択するかだとは常々思っています。

外界との繋がりに関してはここにある言葉に賛同すると同時に、まだまだ言語化の余地がある気がしてます。

 

前に惟本さんに僕の部屋を「向いてる方向は違うけども好きな空間だ」って言ってもらって。
すごく嬉しかったし、僕も同じ事を惟本さんに対して思っていたのだけども(生意気〜) それって、自分が好きな物を置いていった結果、空間が構築されていくのではなくて、好きな感覚に向けても物を選んで構築していくっていう点で共通しているからなんじゃないかなと思ったんですね。

だから部屋には好きな物だけでなく、好きな物を置くために好きでもない物も置くし、または好きな物を置かずに我慢する。

自分の意図が直接見えない様に、間接的に、または一切切り離した上で表現するような。

 

好きな物を置くために好きでもない物も置く、ですか、自分はどうだろう。このあたり大変興味深いです、向いてる方向に関した記事書こう。

 

んー、惟本さんの様に上手く言葉で言い表せない。

先日の惟本さんのポストでご自身の絵画について何が描きたいのではなくて、
そこに必要な色の物体を創り上げているだけっていう様な事が描いてあって、
えらく共感して。

僕もそろそろ創作をしてみたいと刺激を受けました。

惟本さんというより、僕の考えを勝手に惟本さんに当てはめてここまで長文を書いてしまった様な気もするけども。
もし的外れだったとしても、惟本さんの「SAKAIME」を見て、
こういう感想を書くような影響を受けたというのは事実であり、惟本さんの力です。

手書きの嬉しいメッセージもありがとうございました。

 

ありがとうございました!

_____v_u_____さんはお部屋も素敵なのでぜひぜひのぞいてみてください。

 

SAKAIMEはまだまだ在庫あります、感想も募集しております。「いいねー」や「くだらねー」などのひとことでも僕はとっても嬉しいです。ハッシュタグは#sakaimeです。よろしくお願いいたします。

 

SAKAIME紹介記事↓

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