人の気配のある写真と人為的写真と

NOTE

 

 

ビジネスホテルに泊まりました。

 

とくに遠出ではなくここは福岡です。友人とお酒を飲む約束をしていたので泊まりました。

 

まずはこちらの写真をご覧ください。

 

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ホテルにたった一泊しただけで人の気配を感じるような写真が撮れるというのは面白いと思いシャッターを切りました。

 

人の気配といえば、こちらの写真がわかりやすいです。

食後のカフェの様子です。

 

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複数人がご飯を食べておしゃべりをしながら、各々がコップや皿やおしぼりなどを無意識に配置したからこそ写った人の気配。

 

 

 

ホテル戻ります。

それからこれの配置はもっとこう、もっとこうしたら?と配置をいじくりまわしてみました。

ですが触れば触るほど人の手垢がついて先ほどの元々あった人の気配や体温からは遠のいていきます。

人の気配や体温には到底かないません。人為的には到達できないものが写っているのです。

 

ならばと、ふと思いつきで始めました。

今持ち合わせているものたちでスタイリング。

もはや写真としてみたときにバランスが取れていれば人の気配とか体温だとかこの際どうでもいいのです。

普通にホテルを使っていたら机の上には登場しないトイレットペーパーや電球、スリッパを配置しました。

さらにアナログなノートにフリーハンドで▲を描いて立てかけ、それと相応させるかのごとくペイントソフトで無機質な■を作成しました。

 

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いかがでしょうか。

見切れた椅子の背もたれはルイジギッリが撮影した写真のオマージュのつもりです。

 

こちらの本の表紙にもなっているモランディのアトリエです。美しいですね。

人の体温が写るような写真と人為的写真、どちらがいいなんて比べるのは、大自然と時間と不特定多数の人間が作り出した廃墟と巨匠がデザインした美術館どちらが美しいかを比べるくらいナンセンスです。

 

写したい気配の対象が違います。

 

どちらも否定する必要はなくて、どちらもいいじゃない。

それくらいもっと自由で良いのではないでしょうか。

 

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