写真に流動性を圧縮する

NOTE

 

動いているものをそのまま動きを出すより、止まっているものに動きを出す方が得意みたいだ。

 

人や動物を撮るとピタッと止めてボラギノール感が出てしまいがち。

 

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こちらはCIRCLE’16に出演したSTEPHENSMITHのニューベーシストのひろとくん。

 

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自分の写真、プレイヤーが写っていないベースだけの方がより良さが引き出されているというか、これからのライブの期待感高揚感が凝縮されてる気がしてます。

 

そんなことを考えてたいたところ、

比較的最近読んだ『空想工房』と『デザインの生態学』それぞれにたまたま興味深い同じ話が引用されていました。

 

空想工房 覆刻  デザインの生態学―新しいデザインの教科書

 

画家のテオドール・ジェリコーが描いた疾走する馬の絵画、『エプサム競馬』

写真家エドワード・マイブリッジが撮った疾走する馬の連続写真、『走る馬の動態写真』
の比較検討なのですが、

連続写真とジェリコー絵画を比べて面白いのは、明らかにジェリコーの絵画は、馬の疾走する感覚というか速度そのものを、静止した画面の中に縮約して表象しようとしている。連続写真の1コマ1コマは、それ単体で見ると速度が抜け落ちているように見える。ジェリコーの表象の技術の中には、一連の動きを圧縮して一コマに封じ込めようとするものが潜んでいるような気がするのです。

とありました。

 

僕が動きのあるものを表現するような躍動感のある写真を撮るのがあまり上手でないのは、

きっとこのあたりが原因でしょう。なにか自分の癖とは別の方法で表現しなくちゃいけない。

 

また、先ほどの本、『デザインの生態学』にもたくさん登場する
生態心理学者のジェームス・J・ギブソンは

「眼はイメージを映すカメラではなくて、光の輪郭、キメなどの変化を検知する装置である。」

といったそうです。

 

人間の知覚の話もすごく興味深いのですが、それはまた別の機会に置いといて、その変化や流動性、連続性をどうにか圧縮し、あえて機械のカメラで表現するのが写真の楽しいところなんじゃないかと僕は思います。

 

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トイレで横たわって濡れていたカラーコーン。

 

火照って汗ばんでいるようでなんとなく撮っているこっちが照れました。

最近は無機物をいかに静止画で流動させるかに興味があります。

 

デザインの生態学、これほんとにおすすめです。濃いですよ。

僕はデザインの教育受けたことないですがこれが教科書ならよかったなあ。

最後の付録のブックガイドも全部読んでみたくなります。

 

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