空間軸を中心として、写真やデザインなどから多面的にその輪郭を形成するアート活動です。

収納における空間的振れ幅、時間的振れ幅

NOTE

 

最近読んだ本で気になった一節がありましたので引用します。

 

かつて日常生活の中に床の間が会ったという事の意味は、実はとても重要なのです。一段高くなっていて、普段ではそこに上がってはいけない場所があった。それはつまり、日常の中に不可侵な、アンタッチャブルな場があったということ。おのずと生活の中に緊張感が生まれます。そこから得られる情報というか、身体感覚としての「畏れ」。これが、現代には欠如してしまっています。そういう、何か得たいのしれない目に見えない神聖なものの場が日常のなかにあることで、かつて人は「畏れ」を知り、己をわきまえることを知ったのです。

 

 

日常の中の非日常。

このバランス感覚、なかなかハッとしませんか。

一つの空間のなかに異なる性質のものを配置するので、これを仮に “空間的な振れ幅” としましょう。

 

これを受けて今回提案するのは、 “時間的振れ幅” です。

 

自室の収納を例えに話を進めます。正直僕は収納があまり得意ではありません。

常に整理整頓、ものそれぞれに住所を、なんて何度も試みた事はありますが、部屋のものはいつの間にかあっちいったりこっちいったり。「使ったら元に戻す」が整理整頓における基本ルールですが、それすらきちんと守れていません。

最近、もしかするとこれでもいいのでは?と思えるようになりました。

 

部屋の隅々まできっちりと片付けると、隅々まで自分の意思が行き届いているようで、自室にもかかわらず緊張感が生じます。

ここでいう緊張感とは、突き詰めた先が教会やお寺などのごとく包み込まれるような緊張感です。

部屋を片付けた後に実感するこの類の緊張感は、背筋が伸びるようで心地いいですよね。

 

逆のことを言うようですが、人が使った痕跡にもまた良さがあります。

祖父母ハウスにあったこの木べら単体の手沢もそうですし、ものを使ったあと無意識的に置かれている状況の良さはなんとも。

 

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両極端なようですが、これらは両立できます。

ある程度秩序をきめて整頓して、あとは自然のなりゆきに任せる。

そして部屋が散らかってきたなあと思ったら一気にかたづける。その繰り返し。

 

その真ん中あたりがいい具合、いや、その動的な振れ幅に良さがあるのです。

 

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床の間と日常の場を分けて空間のなかに幅をもたせた事に対して、今回紹介した収納は過去から今、時間のなかで幅をもたせました。

 

空間的であれ時間的であれ、振れ幅を与えることでその幅のまんなかでは動きが生じます。

揺れる振り子では頂点で運動エネルギーが最大になるように。

収納における時間的振れ幅と空間的振れ幅、秩序と混沌のゆらぎを楽しむのです。

 

 

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