圧縮させる単写真と、断片から輪郭を形成させる組写真

NOTE

 

前回の続編なのです。

 

すべての写真に儚くて美しい側面があるのであれば、うまい写真とは一体何でしょうか。

それは前回のことを前提にやっと議論されるべきです。

写真表現には一般的に大きく分けて単写真と組写真と二種類あるようですが、下記は僕なりの解釈です。

これらをそれぞれ考察してみます。

単写真

 

単写真とは、一枚で完結するような写真です。

 

 

わかりやすいので写真共有SNSと言われるインスタグラムでもこの写真がもてはやされがちです。

 

なんだか魅力を感じるぼんやりとした全体性は、立体的です。物質的な立体感だけでなく、匂いや聴覚などの五感、感情、それに撮影した人の裏側までさえも取り囲むような空気感も含んでいます。

そのまま平面図に切り取るだけではその立体感は伝わりません。

ここで写真表現ならではの色彩や構図などを使ってその奥行き感を表現するのです。

ぎゅっと圧縮して平面に落とし込むわけですね。

 

ここでのうまい写真とは、ぼんやりとした全体性を把握するのに最適な色彩や構図を選択し再現できているかということになります。

そこに誇張や偽りがないように再現、です。こればかりは撮影した人の主観になるので検証は難しいので結局共感が多い写真がうまいということになるのかな。

そこに写真があるということは感情が揺れたことは間違いないのですから、もはや色彩や構図はそのぼんやりとした全体性を他者と共有する手段の一つでしかないかもしれません。

 

 

組写真

 

そして組写真です。先ほどは一枚での写真表現でしたが、今度は複数枚の断片を寄せ集めた写真表現です。

 

単体ではなんだか伝わりにくい写真も、複数をこうやって並べるとなんだか見えてきそうな。

 

 

この組写真でも同じように伝えたいぼんやりがあります。

それを断片的写真で表現するのですね。

 

 

断片同士の繋がりや共通項から間接的、多面的にぼんやりの輪郭を掴み取ろうとするのです。断片同士の繋がりが薄かったり、断片の数が少なかったりすると伝わりにくい。それはそれで想像の余地があって面白いです。

 

そういえばこの感じ、どこかで見たような。

ああこれです。

この理論でいくと組写真の方がより本質に迫れそうです。

 

この表現でのうまい写真とは断片の編集にかかっているのではないかな。

最近の僕の興味はこっち寄りです。

 

偉そうにうまい写真などと書いてしまい恐縮ですが、その前提には感情が揺り動かされたという事実がありますから、うまい写真よりも楽しいがやはり一番ですね。

そもそもうまいとはなんだ、意図した通りに伝わらず違う解釈をされてもそれはそれで楽しいかもしれません。

こうやって必要以上に考えるのも楽しいですし、もはや単に綺麗だと思えばそれはそれでもいいかもしれないし、単写真を組み合わせた組写真もあるだろうし…。

 

 

ところで断片の図、なんだかやけにカラフルでした。

実はこの話には続きがあるのです。それはまたそのうち。ではでは。

 

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