空間軸を中心として、写真やデザインなどから多面的にその輪郭を形成するアート活動です。

絵画ではなくただそこにあるべき物体を描いている、つくっている

NOTE

 

油絵を始めて10ヶ月ほど経ちました。

ずっと続けているカメラと並行してこれも続けれています。

僕はどうしてこれをやっているのだろう、何を描きたいのだろうと考えてみます。

 

例えば本の挿絵になることや誰かの携帯の待ち受け画面になること、テキスタイルデザインとなること、それらとはあきらかに何かやってることが違う。
それ単体で平面化されてしまったら意味がないような。

一般的には抽象画に分類されそうですが、何か伝えたいことがあってそれを抽象化して落とし込むといったような、この絵が意味することがあるかといわれればほぼない。無意識的に想うことが勝手に写り込むということあるだろうけれど。

 

そこで描いたときのことを思えば、部屋のここの壁に、こんな色の物体が欲しいなあ、ああ綺麗だなあ、と思いながらただ気持ちが良くて塗っているだけでした。作業中はぼーっと無になれますし。

 

 

右上あたりになんとなく青っぽいのが欲しくて作った物体。ただこれは水彩なのですぐに色あせてしまった。儚い。

 

 

これは先程と同様なんとなくそんな物体が欲しかったという気持ちもあったし、同時にその物体を起点に空間を作ってみた。

 

具体的な完成イメージはほぼなくて、塗ってはそのまわりを塗る作業。

先程の写真の物体がつくられる途中はこんなでした。柱にかかっている。

 

 

単に絵ではなくそこに物体を、空間全体性に関与する断片をつくりたかったということが分かったので、既成のキャンバスを使うことはやめ、板を切り出し紙片を貼りながら凹凸具合を調節して塗り上げる。

絵ではなく物体なのでその厚みと壁からの浮遊感にも注意を払った。

 

 

僕は特定の何か作りたいものがあったわけでもないくせに、芸術家という生き様やそれが滲み出るアトリエという空間にはなんとなく憧れてきた。

いつのまにか部屋は、空間はここまで成長して、この絵画的物体はこの空間のその場所を彩るために、この空間だからこそ生まれました。

ふつう絵を描くためのアトリエが欲しいとなるけれど、このような逆のアプローチでもいいんじゃないかな。
そうなるともはや僕にしか描けない。

僕から、部屋からそのまま延長した物体はもはや僕自身の肉体の延長。

やがて部屋からそのまま延長したこの物体が部屋から分離し、これを起点にまたどこかで誰かの部屋が作られるのならばそれほど幸せなことはない。ですね。

今はまだこの絵画的物体自体に意味は込めてないけれど、もしかしたらだんだんと具体化していくかもしれない。空間づくりからこう派生するなんて考えもしなかったように今後どうなるかは僕にも検討がつかないのです。

 

 

 

 

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